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まめまき(豆撒) [駄句 冬]

灯の洩れて幼女の声の福は内       Labyrinth
(ひのもれてようじょのこえのふくはうち)


副季語に  豆打  年の豆  鬼打豆  鬼は外  福は内  年男


豆撒きは節分の夜に「福は内、鬼は外」と唱えながら、鬼をやらうためになされる行事で、
節分もまた一種の年越しであったから、その豆を年の豆と呼び、
その行事を行う人を年男と呼んだのである。
しかし追儺は平安朝の頃は宮中で除夜に行われ、一般もこれにならっていたから、
年の豆、年男という名はそのなごりであろう。
節分に年の数よりも一つだけ多くの豆を食べる風習は、かなり広い地域に渡って行われているが、
これは年を一つ増すための行事として、もとは大晦日に行われた証拠である。
今も大晦日に豆撒きをする例は、部分的に残っている。
北九州の一部では正月七日を豆打ちの日としているところがある。
節分の豆撒きは近年ますます盛んで、各地の寺社では有名人や芸能人の人々を年男に依頼して、
鬼打豆を撒かせている。
最近、家々でもまたこの古風な行事が、復活してさかんに行われるようになった。
成田山では新勝寺の本坊で、「般若心経」三百六十五巻、
すなわち一年の日数だけの巻数読誦の式が有り、
やがて鐘の合図とともに麻裃を着した年男が何人も本堂に現れ、
堂の周辺を埋めた数万の善男善女が歓声をあげて、これを迎え、ために全山どよもすばかりだという。
この夜、交通機関は徹宵運転をし、成田の町は終夜不眠不休で、昂奮のるつぼと化すのである。
芝の増上寺その他各社時でも、豆撒き行事はさかんで年男として政界・文化人・映画俳優・野球選手
などまで駆り出され、本来の意義が失われて、ひたすら宣伝効果のみを狙う傾向が強くなっている。
                          (合本俳句歳時記 新版 角川書店編)

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